イギリス近世繊維工業における地域間の競争力要因には、原料供給、労賃、生産構造、流通組織、製品開発等々多様な要因があるが、これまで解明が遅れていた問題、特に生産と消費市場を繋ぐ商業の問題と、生産の展開に伴う家内生産者・職人の伝統・慣習(いわゆる産業的モラル・エコノミー)との軋轢の問題を取り上げ、地域工業における工場制度の成立過程を検討した。 このため、近世毛織物市場の中心地であるロンドンの社会や商人についてのサーヴェイを行うとともに、イングランド北部と対比しつつ、西部の高級品生産の毛織物工業を検討した。平成13年度にグロスターシャー文書館等において資料収集を行い、18世紀西部のジェントルマン織元はロンドン代理商への依存が大きく、市場との直接的接触を欠いていたため需要変化への対応が鈍かったこと、また織元がジェントルマン化して治安判事となり、問屋制度下の家内生産者への家父長主義的保護をいち早く喪失して、原料着服などの労働慣行と対峙したため、家内生産者の反発が激しく、工場制度の成立がマーグリンのいう「階級支配強化」の意味を持ち得た。 平成14年度には、ランカシャー文書館等で資料収集し、ランカシャー綿工業においては、マンチェスターの専門的綿布商人の登場が市場需要の変化への対応を容易にする一方、原料着服をはじめとする労働慣行は、紡績業においては1779年の暴動をもって終息し、以後自由競争状態が実現して工場制度へのいち早い移行が実現したことを解明した。 また、工場制度成立に際して、紡糸工等の原料着服が大きな問題であったことから、原料着服禁止立法の展開を解明する必要を痛感し、目下その解明にあたっている。
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