本研究は2つの問題意識から出発している。第1は、都市空間の計画的な形成を妨げている土地私権の強さの秘密を歴史的に探ることであり、第2は王室による巨大な土地領有の歴史的起源を明らかにすることである。タイ国は20世紀初頭までは「王が唯一の土地所有者である」という観念が残り、人民の私的所有権は王(国家)によって制限されていた。しかし、今日では逆に私的権利の濫用が広がっている。このような逆転がいつ、なぜ生じたのか。本研究では、1901年の「地券交付布告」にまで遡り、タイ的土地所有権観念の淵源を探りつつ、所有権の性格について考察した。 次に、本研究は、王室による土地集積について歴史的な解明を試みた。今日のバンコクの都市開発は、スラムの取壊しや住民の強制的立退き、あるいは借地契約の一方的解消などによって土地紛争を発生させている。この紛争の多くは王室と住民との間で生じたものである。なぜなら、王室の資産を管理する王室財産管理事務所がバンコク市内に800ヘクタールもの土地を所有し、効率的な土地利用を目指して地域住民の立ち退きを計画したからである。このような大規模な王室用地は、いつ、どのようにして集積されたのか。それは、王室財産管理事務所の前身、内帑局が設立された1890年前後からラーマ5世が死没する1910年頃までに集中的に集積されたのである。 私は、以上のような課題を解明するため、プロジェクト期間中に3回ほど、現地調査を試みた。また、タムマサート大学の院生を助手として採用し、国立公文書館等から公文書類や書簡類、あるいは回顧録など、第一次資料を広く渉猟し、研究に資することができた。
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