研究概要 |
昨年度,正標数の可換環における密着閉包(tight closure)の概念を,与えられたイデアルIに付随して定まるI-密着閉包(I-tight closure)の概念に一般化し,これを用いて密着閉包の判定イデアル(test ideal)の一般化としてイデアルτ(I)を定義した.本年度においては,このイデアルτ(I)と,標数0の正規Q-Gorenstein環のイデアルIに付随して定まるmultiplier ideal Τ(I)との対応を示し,さらにこの対応を踏まえて,multiplier idealの種々の性質(Briancon-Skodaの定理,制限定理,subadditivity,トーリック環のトーラス不変なイデアルに付随するmultiplier idealの特徴付け)の正標数版をイデアルτ(I)に対して証明した.以上の結果は研究分担者の吉田健一氏との共同研究に基づくものであり,共著論文"A generalization of tight closure and multiplier ideals"にまとめた.また,イデアルτ(I)のいくつかの環論的性質(局所化,余次元2以上でetaleな有限射における振舞いなど)を研究すると共に,Briancon-Skodaの定理の精密化であるSkodaの定理の正標数版を証明した.Skodaの定理はmultiplier idealに対しては特異点解消と標数0の消滅定理を用いて証明されるが,本研究で得られたτ(I)に対するSkodaの定理の証明はこのような標数0の難しい結果を用いずに,簡単な正標数の技法のみを用いて証明されるという著しい長所がある.この正標数版のSkodaの定理を射影多様体の斉次座標環の無縁極大イデアルのベキm^nに付随するm^n-密着閉包に適用することにより,射影多様体の随伴束の自由性などの幾何的性質を正標数の環論的手法を用いて考察することが適当な条件下では可能となる.例えば,藤田予想のごく特別な場合についてK.E.Smithが与えた正標数の証明に対するI-密着閉包を用いた別証明を検討するなど,代数幾何への応用を試みた.
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