近年、量子コンピューティングの実験が飛躍的に進み、量子原理の情報分野への応用が現実味を帯びてきている。しかし、これらは理想的条件下での基礎的振る舞いを示したに過ぎず、期待される大容量・高速コンピュータの実現に向けて克服すべき問題は数多く残されている。中でも、情報を担う量子系が外部環境からの影響に脆いために、長時間にわたって安定した情報制御ができないことは、理論的なブレークスルーを必要としている。量子情報単位(qubit)を孤立させることができれば理想的だが、実際には、qubitは環境世界の影響にさらされつづけている、と考えた方が現実的である。環境からの影響によって引き起こされる量子情報の崩壊を総称して、ディコヒーレンスと呼び、このディコヒーレンスの制御理論が注目されている。昨年度までに行った研究において、qubitが無限個のボソンで構成される熱浴と非線形な相互作用をすることによって不可逆過程の要素が増加する系のディコヒーレンス制御に対して、パルス印加が有効であることを示した。しかし、パルス印加周期は、環境世界の相関時間よりも短くなければならない、という厳しい条件がある。逆にいえば、印加周期によってディコヒーレンス制御の度合いが決定してしまうことになる。そこで今年度は、環境世界の性質を利用することによって、印加周期に対する厳しい条件を緩和できる可能性があることを示した。具体的には、環境世界に特徴的な振動数があれば、これに同期してパルスを印加することで、ディコヒーレンス(純位相緩和現象)が制御できる、というものである。これにより、パルス印加法の本質は量子状態に残されている環境世界の記憶効果を利用することであって、印加周期の長さそのものではない、ということが明確となった。
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