本研究は温泉活動と地殻変動・地震活動との関連性を探求することを目的とするものである。研究期間に、地震活動、温泉活動の活発な山陰地方と不活発な山陽地方で温泉調査と周辺地域の水文調査、またそれと並行して深部地下資料(山陽地方で近年開発された深層温泉の掘削資料)の収集を行い、採取した山陰と山陽地方の温泉水、及び、河川水、湧水、浅層地下水の化学分析と水素と酸素の安定同位体比の測定を行った。それらの結果を地下資料や地震資料と照らし合わせながら温泉の湧出過程と地下深部における温泉水の貯留・流動状態、熱的状態などについて総合的に検討した。 山陰地方の温泉水の同位対比は、地域の河川水や湧水と同じ範囲に見出されるので明らかに天水由来とみなせる。また、河川水、湧水の同位体比が集水域の平均標高が高まるにつれて低くなる、いわゆる高度効果が認められ、温泉水のそれが同じ標高の河川水や湧水に比べて明らかに低い値を示した.これは山陰地方で湧出する温度の高い温泉水は標高の高い山地部の天水に由来したものであることを示し、水理ポテンシャルを有する中国山地で天水が地下に送り込まれ、深い循環を経由して低地の温泉地に湧昇するという、天水の循環による湧出機構を実証するものである。一方、山陽地域の深層掘削温泉からの温泉水には、その同位体比が地表水などの天水の範囲からはずれ、それより明らかに低い値を示すものが見出され、地域深部に化石水ともいえる非循環性の熱水が貯留していることが確認された。このように、主に同位体の測定によって、山陰地方と山陽地方では深部の水の貯留・流動の状態に著しい違いのあることが明らかにされた。 これらは、地殻変動、地震活動の活発な山陰地方では、発達した割れ目系を介して水の深い循環の起こる条件が存在するのに対して、地震活動の極めて少ない山陽地域では、その条件がないために化石水ともいえる往古の水が深部に貯留していることを示している。山陰地方では、水の通路として機能し、水の深い循環を形成するような割れ目系が発達しているのに対して、山陽地方では割れ目があっても断片的で水の通路として機能していないことが知られる。このように、地震活動と温泉・地熱活動とは密接不可分であり、それは、広域応力場とそれによる大規模地下構造の違いを反映したものである。
|