擬ヤーン・テラー効果の物理的描像を解明するために、分子軌道計算を行い、非平面構造の安定性の起源について考察した。 1.基底状態の分子対称性 [4]サーキュレンでは面外の核変位を通じて擬ヤーン・テラー効果が働き、平面なD_<4h>構造からボウル形のC_<4v>構造へと対称性の低下が起こり、その安定化エネルギーは130kcal/molと算出された。[5]サーキュレンでは、[4]サーキュレンの場合と同様に、平面なD_<5h>構造から皿形をしたC_<5v>構造へと対称性の低下が起こり、安定化エネルギーは8.8kcal/molとなる。[7]-サーキュレンでは、平面なD_<7h>構造で振動解析を行った結果、縮重した虚の面外振動数の出現に伴い、C_2およびC_s構造への対称性の低下が見い出され、安定化エネルギーはそれぞれ8.9kcal/molとなる。[8]サーキュレンでは、幾つかの非平面構造が見い出されたが、全エネルギーの比較から、基底状態はD_<2d>構造で安定化エネルギーは133kcal/molと算出された。 2.非平面構造の安定性の起源 平面から非平面な構造に変化する際、電子核間引力エネルギーは低下する一方で電子間反発エネルギーと核間反発エネルギーは増大する。この解析結果から、次の結論が導かれる。「骨格が屈曲して非平面な形状になると、電子間、核間、および電子と核間の距離は短くなる。前者二つに起因する静電相互作用による斥力の項は、変形と共にそれらのエネルギーは増大するのに対して、電子核間引力エネルギーは大きく低下する。このエネルギー低下量が反発エネルギーを十分に償うことが出来るので、非平面構造の安定化が実現する。」 ここで得られた知見を確立するため、今後の計画として単環状分子の非平面性の起源について検討する予定である。
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