研究概要 |
ラセミ体から光学活性体を導く手段の一つとして優先晶出法が知られている。しかし,この手法は一度の結晶化で得られる結晶の量は数%と低く,再結晶を繰り返しても最大で50%の回収率にすぎない。ラセミ化優先晶出法を利用すると一回の結晶化でラセミ体の完全分割が可能になる。現在までに軸不斉化合物の分割の成功例は,1971年にPincockにより報告されたBinaphthylの1例のみである。Binaphthylは50℃での半減期が14.5分であり,室温でも徐々にラセミ化してしまう基質である。この手法の一般性と光不斉反応への応用を目的とし,種々のC-N軸不斉化合物でのラセミ化優先晶出と得られた光学活性体での光不斉誘導を検討した。 例えば軸不斉ピリミジノンは室温では全くラセミ化しないが,100℃付近ではC-N結合が回転することで徐々にラセミ化し,170℃の高温では瞬時にラセミ化する。種々のピリミジノン誘導体が高い確率でコングロマレート結晶を形成することを見出した。このような軸不斉化合物を高温でラセミ化させながら結晶化を行うことで片方の鏡像体の結晶を選択的に得ることができる。2-メチルフェニル体と2-エチルフェニル体は融点が低く,溶融状態から結晶化を試みたが,ラセミ体であった。2,4-ジメチルフェニル体は少量の1,2,3,4-テトラメチルベンゼンを用いて170℃で結晶化させると1-32%eeのピリミジノンが得られた。2,4-ジクロロ体175℃の結晶化で72-73%eeの光学活性体に誘導することができた。2-メチル-4-クロロ体は180℃の結晶化で70-72%eeの光学活性体に誘導することができた。得られたピリミジノンはアルコールから一度再結晶することにより100%eeの化合物を単離することができた。すなわち,全く不斉源を用いずに,C-N軸不斉ラセミ体の光学分割に成功した。軸不斉ピリミジノンは結晶状態では光反応に不活性であるが,溶液中で光照射すると光学活性なDewarピリミジノンへと誘導できた。 以上のように,アキラルな基質の不斉結晶化を見出し,さらに今まで報告例のないC-N軸不斉化合物のラセミ化優先晶出に成功し,新たな絶対不斉合成の領域を開拓しできた。
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