研究概要 |
タンパク質の立体構造は,弱い原子間相互作用の微妙なバランスによって維持されている。ジスルフィド結合(SS結合)1よその中では最も強い相互作用に属し,これを切断したり生成したりすることによりタンパク質立体構造を人工的に制御することが可能である。実際にタンパク質の立体構造を制御するためには,これまでグルタチオンやDTT,2-メルカプトエタノールなどの水溶性イオウ試薬が用いられてきた。これらのイオウ化合物はタンパク質と反応してその酸化状態を制御することができる。しかし,反応速度が遅かったり適用できるpH範囲が狭いなどといった問題点があった。本年度は,従来のイオウ試薬のもつこのような欠点を克服するために,イオウよりも酸化還元活性が高いセレンを利用した新しい試剤を開発することを目的に研究を行った。具体的には,(1)効率的で適用範囲が広い水溶性セレン試薬の開発,(2)合成したセレン試薬を用いたタンパク質フォールディング過程の速度論解析,(3)セレン試薬によるタンパク質分子の選択的化学修飾法の開発,について検討を行った。合成したセレン試薬を用いてSS結合を4つもつ典型的なタンパク質であるウシ膵臓リボヌクレアーゼAとの反応を行ったところ,イオウの代わりにセレンを用いることの有用性が明らかになった。即ち,セレン試薬を用いることによって,広いpH範囲で高効率的なSS結合を生成することが可能となった。次年度は,合成したセレン試薬を用いてタンパク質フォールディング過程の詳細な速度論解析を進めると共に,タンパク質立体構造の安定化のメカニズムについても有機化学的観点から再検討することを考えている。
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