研究概要 |
三配位のセレニン酸は、カルボン酸のカルボニル炭素をセレン原子で置き換えた酸であると見倣すことができる。カルボン酸の炭素原子は、SP^2混成で平面構造であり、不斉炭素ではなく光学活性体となり得ないが、セレニン酸のセレン原子は四面体構造をもつキラル原子であり光学活性体が存在するはずであるが、光学活性セレニン酸に関する報告は全くない。その理由として、光学活性セレニン酸は、系中に存在する極く僅かな水との速いプロトンの授受により容易にラセミ化するため、光学活性体を安定に単離することは難しいと考えられてきたためであろうと推測される。アレンセレニン酸の芳香環に嵩高い置換基を導入すれば、光学活性アレンセレニン酸のラセミ化が速度論的に抑制することができると考え、種々の嵩高い置換基を有するセレニン酸のラセミ体を合成し、光学活性カラムを用いたクロマトグラフィーにより、光学活性セレニン酸の光学分割に初めて成功した。しかし、これらの光学活性セレニン酸は溶媒を除去する際にラセミ化が起こり結晶として単離することは出来なかった。クラウンエーテルで囲まれて安定化されたベンゼンスルフィン酸を合成し、不斉結晶化により光学純度100%のエナンチオマーを単離し、X線結晶解析により絶対配置を決定した。X線結晶解析とそのCDスペクトルから、アレンセレニン酸の絶対配置を決定することができた。 また、ラセミ体のセレニン酸を再結晶によってそれぞれのエナンチオマーに光学分割し、光学活性セレニン酸を結晶として単離することを計画した。5種類のセレニン酸(RSeO_2H:R=Me,i-Bu,neopentyl, cyclohexyl,Ph)を合成し、種々の溶媒中から再結晶を行った結果、メタンセレニン酸をメタノール/トルエン混合溶媒中より再結晶した場合には、それぞれのエナンチオマーの結晶に分割することに初めて成功した。結晶のCDスペクトルはそれぞれ250nm付近に正叉は負のコットン効果を示し、負のコットン効果を示すメタンセレニン酸の結晶の絶対配置は、X線結晶構造解析により、S体であることが明らかになった。したがって、正のコットン効果を示すメタンセレニン酸の結晶は、R体であることがわかった。光学活性メタンセレニン酸は結晶状態ではラセミ化に対して安定であったが、溶媒に溶かすと瞬時にラセミ化が起こり光学不活性体になった。 ところで、不斉結晶化によって一方のエナンチオメーのみを得ることは運次第でその制御はこれまで困難であると考えられていた。本研究では、容易に入手可能で安価な光学活性化合物を再結晶の溶媒に添加してセレニン酸の再結晶を行うと、不斉結晶化が進行し、選択的に一方のエナンチオマーだけが得られることを見出した。この結果は、不斉結晶化によって一方のエナンチオマーを得る有力な一般的方法となり得る貴重な研究成果である。
|