研究概要 |
前年度の検討で、ルテニウムポルフィリン錯体を触媒とし、9,10-ジヒドロアントラセンのベンジル位炭素を亜酸化窒素で酸化することを試みたところ、硫酸存在下ではアントラセンが高選択的に得られることがわかった。硫酸の添加は、酸化剤を分子状酸素とする場合にも有効であり、種々のジヒドロアントラセン誘導体が効率的に脱水素芳香環化され対応するアントラセン誘導体が得られることを見出した。 一方、ポルフィリン類のモデル錯体として開発したケトイミナト型コバルト錯体がジアゾ化合物とスチレン類との不斉シクロプロパン化反応の触媒となることを先に報告した。ジアゾ化合物のシクロプロパン化は反応機構の理論的な取扱はほとんど報告されていなかった。そこで、密度汎関数法による反応経路解析を試みたところ、軸配位子となるN-メチルイミダゾールの共存下、反応の加速とともに、不斉収率も向上する現象を明らかにした。すなわち、コバルト錯体とジアゾ化合物からコバルトカルベン錯体が形成する過程ではN-メチルイミダゾールの作用により活性化エネルギーが低下し全体の反応速度が向上し、コバルトカルベン錯体とオレフィンが反応しシクロプロパン化合物が生成する過程では活性化エネルギーが若干向上し立体選択性が向上したことが理解される。また、コバルトカルベン錯体は、シクロプロパン化触媒として利用される銅・ルテニウムなどのカルベン錯体のカルベン炭素-金属結合が二重結合であるのとは異なり、カルベン炭素-金属結合は単結合で、カルベン炭素上にスピンを有するラジカル種であることを、時間分解赤外吸収スペクトルと密度汎関数法による反応解析から明らかにした。中間体のカルベン錯体は、酸素酸化反応の活性中間体と考えられている金属-オキソ錯体と類似の構造を有し、酸化触媒の活性種のモデル化合物と考えることができ、酸化触媒の合理的設計に有益な指針を与えるものである。
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