スピン多重度変換分子システムの実現に向けて量子化学計算を用いた分子設計を実施し、実際にモデル分子の前駆体の合成を行い、酸化によって生じるカチオンラジカルの磁気物性を調べた。スピン発生部位となる芳香族アミンのカチオンラジカルの磁気物性に関する知見を得るために、アミン部位が複数存在する芳香族アミンの合成を行い、酸化後に生じるカチオンラジカルの電子状態を電子スピン共鳴法(ESR)を用いて調べた結果、高スピン状態となっている事がわかった。これらの知見をもとに、テトラフェニルエチレンを基本骨格とし、そのフェニル基にニトロキシドラジカルとジフェニルアミンを置換した分子の合成を行った。得られた分子はシス体とトランス体の混合物であり、2つのニトロキシド部位間の距離の違いを反映して、観測されたESRスペクトルは、2つのスピン三重項種の重ね合わせとして解釈されることがわかった。また磁化率の温度変化の測定結果から、2つのニトロキシド部位間には強い磁気的相互作用が働いていることがわかった。次に電気化学的測定の結果、得られた分子は酸化により、エチレン部位から酸化されることがわかり、2当量の酸化剤で処理することにより、エチレン二重結合部位で大きく捻れた分子構造を有するジカチオンラジカルが発生することが示唆された。実際、ジカチオンラジカルのESRスペクトルは磁気的相互作用が無い場合に観測されるモノニトロキシドラジカルに由来するものが観測された。またパルスESR法によっても、ジカチオン状態において2つのニトロキシドラジカル間に磁気的相互作用が存在しないことが確認された。さらにジカチオンは適当な還元剤で処理することにより、もとの中性状態に戻ることがわかり、酸化還元によって、この分子のスピン多重度を変化させることが可能であることがわかり、当初の目的を達成することができた。
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