これまでの調査によって、アカニジベラは緩やかなハレム型の配偶システムを持つことが明らかになっている。すなわち、アカニジベラの雌には優位雄のなわばり内に生息している個体と、優位雄のなわばりから離れた場所に行動圏を持ち、繁殖時のみ雄のなわばり内にやってくる個体とが共存している。そこで、優位雄の除去実験を行ったところ、最大雌の雄化が起こる場合と、隣接の劣位雄の侵入によって雄化が起こらない場合とがあり、雄化する個体は、優位雄のなわばりから離れた場所に行動圏を持つ個体が多かった。しかし、新たに優位雄となった個体は広い範囲をパトロールしはじめるため、雄化しかけた雌に出会って求愛することもたびたび観察された。そうした場合に、雄化しかけている雌は新たな優位雄に対しては雌としての繁殖行動を行い、その一方でより小さな雌に対して雄としての繁殖行動を行うといった、一種の「同時雌雄同体的行動」が見られた(ただし、卵生産は継続しているが精子は生産していない)。従来の報告では、こうした行動は性転換過程のごく短期間(たいていは1日)だけに見られるとされていたが、本種は最長8日間もこうした行動を繰り返し、結局性転換しなかった個体もいた。これは、本種の繁殖システムが緩やかなハレム型であるために、個体間の優劣関係やそれぞれの行動圏が可塑的であることに対応して、充分に優位を確認して、雄としての繁殖機会があることが明らかになった後に性転換するという戦術が有利になっているためだと考えられる。しかし、なぜ性転換期のアカニジベラがすみやかに精子生産を開始して、真の同時雌雄同体とならないのかは依然として不明である。
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