石油分解酵母Candida tropicalis Pk233株では、グルコースを炭素源とする半合成液体培地にエタノールを添加した培養で、高率に菌糸形成が誘導される。このエタノール添加培養と、無添加の酵母型増殖を示す対照培養との間での遺伝子発現の差異を利用し、サブトラクション法によって、パン酵母のチアミン合成遺伝子THI5と相同性の高いホモログ(CtTHI5と命名)がエタノール添加培養で特に発現が強い遺伝子として分離された。エタノール添加培養でのCtTHI5転写発現は、酵母の脱極性化の進む第一相で強く、菌糸の伸長が起こる第二相で微弱となった。第一相の増殖期にチアミンを培地に添加すると、その後の菌糸伸長に遅れを生じ、酵母型に近い短い菌糸が連鎖し枝分かれした菌糸体が形成された。この遺伝子を機能喪失させるため、URA3及びハイグロマイシン耐性の遺伝子を挿入させて遺伝子破壊を行ったところ、エタノール無添加培養でも細胞伸長が起こるようになり、またチアミンの類似物であるオキシチアミン添加によって、エタノール無添加培養で菌糸が形成されるようになった。そこで、CtTHI5の発現によるチアミン生合成は細胞伸長を第一相でむしろ抑制することにはたらいていることが示唆された。さらにこの遺伝子破壊株がチアミン要求性にはならないことから、この酵母には、CtTHI5以外にもチアミン生合成にはたらく同義遺伝子があることが示唆された。 エタノール添加培養にバルブロ酸をさらに添加することにより、菌糸形成が抑制されることが新たに判明した。この菌糸形成の抑制は、すでに判明しているイノシトール添加の場合と同様に、第一相前半にこれらの薬剤を添加することによってもたらされ、チアミン生合成に先立ってイノシトールリン脂質生合成の調節系がはたらいていることが示唆された。バルブロ酸を添加したエタノール培養にチアミンをさらに加えると、菌糸形成の抑制が部分的に解除されることから、チアミンがこのイノシトールリン脂質生合成調節系にも関与する1因子であることが示唆された。
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