カイコガ蛹の4対のボンビキシン分泌細胞系の各細胞発火周期は20〜60分と大きく異なるにも関わらず、大部分の細胞の活動リズムが同調または協調する期間が日に何度も見られ、細胞集団全体として独特な部分同調パターンを示した。この発火パターンとボンビキシンの分解速度曲線からボンビキシンの血中濃度の変動パターンを推定し、そのパワースペクトラムを計算したところ、広い周波数領域でパワーは周波数(f)に逆比例し、いわゆる1/fゆらぎに近い分布を示した。従って、ボンビキシン分泌細胞群は、最も効率的なホルモン濃度変動パターンを生み出すために、固有振動を有する個々の細胞が互いに影響しあいながら全体として独特な活動リズムを作る一つの機能的モジュールであると考えられる。カイコガ幼虫の脳-側心体-アラタ体複合体を切り出し、生理的塩類溶液またはグレースの昆虫培養液で器官培養を行った。このようなin vitro条件下においてもin vivoで観察されると同様なボンビシン分泌細胞の発火パターンが観察され、各細胞は自律振動体であることが強く示唆された。この発火はアトロピンを加えることによってほ完全にまたは部分的に消失し、脳のアセチルコリン作動性のニューロンによって分泌細胞の活動レベルの調節がなされていることが示唆された。以上のようにボンビキシン分泌細胞系は、多振動細胞システム(weakly-coupled multi-oscillator system)の構築原理とその機能的意義を解析する上でのシンプルモデルとなり、他の大多数の細胞からなる同様なシステムの構築原理やその振る舞いについての理解に役立つと考えられる。
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