日本列島、琉球列島および揚子江河口で採集されたフトヘナタリ科巻貝類全6種およびイボウミニナについてミトコンドリアDNA・チトクロームオキシダーゼ・サブユニットI(COI)遺伝子領域の塩基配列を決定し、分子系統学・系統地理学的解析をおこなった。 揚子江河口で採集されたフトヘナタリ科巻貝類はクロヘナタリおよび日本には分布しない種であった。また前者と大分県寄藻川河口の同種集団の間には遺伝的な分化が見られない事が示された。琉球列島に生息するフトヘナタリは殻形態の違いからイトカケヘナタリと呼ばれ、フトヘナタリの亜種とされてきたが、今回の結果から日本列島と琉球列島の集団間の遺伝的差異は非常に小さい事が示された。フトヘナタリでは中沖縄でやや遺伝的分化が見られるものの、東北地方から南沖縄までほとんど地域変異が見られないのに対し、ヘナタリやカワアイでは日本列島、中沖縄、南沖縄間に遺伝的分化が見られた。特にヘナタリでは、南沖縄の集団と他集団との間に非常に大きな遺伝的差異が見られ、既に別の種に分化している可能性が示唆された。一方、カワアイでは、日本列島集団と南沖縄集団が比較的近縁で、間に位置する中沖縄集団が他集団から最も遺伝的に分化している事が示された。同様の傾向がイボウミニナでも見られた。九州以北での絶滅が危惧されているイボウミニナの数少ない健全生息地のうち、熊本県羊角湾の集団が最も高い遺伝的多様性を維持している事が示された。 昨年度明らかになった、ウミニナ/リュウキュウウミニナの集団構造をあわせ考えると、中沖縄の干潟の巻貝類に遺伝的分化を引き起こした共通の地誌的要因の存在が考えられる。
|