微小世界の生物、バクテリアの運動を観測することにより、その世界の物理的特徴を明らかにすることを目指し、実験的、理論的研究を進めた。 理論的研究として、バクテリアが遊泳する環境の粘度を高分子添加により上げたときに遊泳速度が上昇する現象を説明するために、流体力異方性仮説に基づくモデルを構築した。このモデルは、べん毛に働く流体力の、法線方向成分と接線方向成分の比率が、高分子濃度に依存するという仮説に基づくもので、高分子添加に伴う単毛性細菌の遊泳速度上昇を説明できた。 当初は、この流体力異方性仮説の正否を確かめるため、高分子を添加したときのべん毛回転数と遊泳速度を測定し、べん毛の推進効率(指標として、"遊泳速度とべん毛回転数の比"に着目)が、高分子にどのように影響されるかを調べる予定であった。しかし、高分子添加に伴うビブリオ菌の生理活性変化の影響を取り除くことができず、期間内に良好なデータを得ることはできなかった。 その一方で、レーザー暗視野顕微鐘を用いて、回転中のべん毛形状が変化しているかどうかを調べることができるようになった。べん毛の直径が20〜30nmしかないことに加え、その回転が非常に速いため(実験対象としたビブリオ菌の極毛の場合、室温で毎秒700回転程度)、従来の方法ではべん毛形状を記録するのは困難であった。本研究では、レーザー暗視野照明と、CCDカメラの電子シャッターを併用することにより、この困難を克服することができた。測定する形状パラメータとしては、べん毛らせんピッチだけでなく、らせん半径を測定する方法を確立することができた。その結果、ビブリオ菌のべん毛は、高速で回転中も、数%程度の変形しかしていないことが明らかになった。遊泳中のべん毛変形による推進効率変化は数%以下と見積もられ、べん毛が安定なスクリューとして機能していることが確かめられた。
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