スパッタ法で炭化物薄膜を成長させる場合、金属ターゲットをArと炭化水素の混合ガスで反応性スパッタする方法が広く用いられる。しかし、この方法では、ターゲット表面上に形成するスパッタ速度の遅い炭化物のために膜形成速度を大きくすることが困難である、いわゆるヒステリシスのために反応ガス流量で反応ガス分圧を制御し難く再現性が悪いなどの欠点があり、これらが実用化を妨げている。我々は、スパッタ法で炭化物薄膜を成長させる別の方法として、炭素も金属と同様に固体ターゲットのスパッタにより基板上に供給する方法を提案する。本研究では、この方法でTiC薄膜だけでなくTi/C、TiC/Ti及びTiC/C多層薄膜の形成を行い、周期構造を持たせることによる薄膜の高性能化についても検討する。 まずTiおよびCの2つのスパッタ源を用いて同時スパッタによるTiC_x薄膜の作製を試み、化学量論組成を有する結晶性のTiC薄膜を安定に成長できる条件を明らかにした。この結果をもとに、交互スパッタにより膜厚比1:1のTi/C、TiC/TiおよびTiC/C多層薄膜の作製した。その結果、Ti/CおよびTiC/C多層膜では1.7nm以下の非常に短い周期構造を実現できたが、TiC/Ti多層膜では2.6nm程度までしか多層構造を確認できなかった。また、Ti/C多層膜では周期が2nmより短くなると硬度が急激に高くなる挙動が、TiC/Ti多層膜では周期を短くするにつれて硬度が増加するHall-Petch的な傾向が認められた。これに対し、TiC/C多層膜では、周期が短くなるとともに高度が低下することがわかった。この現象は、薄膜中に生じたマイクロクラックによるものと推察される。さらに、Ti/C、TiC/TiおよびTiC/C多層構造の熱的な安定性を評価した結果、真空中ではTiC/C多層膜が、大気中ではTiC/Ti多層膜が最も安定であることが明らかとなった。これは、C原子単体の層を含む場合、600℃以上になると大気中の酸素と反応し易いためと考えられた。
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