下水中の全有機物酸化量の約50%は硫酸塩還元反応によって達成されているという報告もあり、硫酸塩還元反応は極めて重要な反応であるが、反応槽及び生物膜内部での硫黄循環の存在や硫酸塩還元細菌の多様な有機物代謝能のため、下水処理生物膜内の有機物分解経路に関与する硫酸塩還元細菌の役割およびその多様性に関する知見は皆無である。本研究では、放射性標識した有機物を用い、微生物細胞内における放射性物質(トレーサー)の取込みを観察するマイクロオートラジオグラフ法(MAR)と蛍光in situハイブリダイゼーション法(FISH)を組み合わせたMAR-FISH法を提案することにより、生物膜内における硫酸塩還元細菌の有機物利用特性(機能)および特異的検出・同定の評価を同時に行った。マイクロオートラジオグラフにおいて細胞レベルで有機物の取込みを検出できる感度を得るためには、前培養時間および本培養時間、基質濃度、トレーサーの濃度、バイオマス濃度、X線写真フィルムヘの感光時間等、全てのパラメーターが適切に設定されなければならない。そのため、予備実験としてホモジナイズした生物膜試料を対象とし、小型バイアル瓶を用いた系を設定し、これらパラメーターを最適化した。放射性物質(トレーサー)には[^3H]Acetate、[^<14>C]CO_2+H_2、[^<14>C]Lactate、[^<14>C]Formate、[^<14>C]Propionateを用いた。これらの培養実験を好気、無酸素(NO_<3^->のみ存在)、嫌気の三つの条件で行った。 その結果、本研究ではマイクロオートラジオグラフィー(MAR)と蛍光in situハイブリダイゼーション法(FISH)を組み合わせることにより、貧酸素環境にある都市下水生物膜内に存在する硫酸塩還元細菌の分子系統学的同定(生態学的構造)および有機物利用特性(機能)をシングルセルレベルの解像度で解析することに成功した。その結果、本生物膜内ではDesulfobulbusの約27%は硝酸塩を電子受容体としてプロピオン酸を酸化することが明らかとなった。更に、Desulfobulbusの約10%は酸素を電子受容体として利用することも可能であった。さらに、微小電極により生物膜内in situにおける正味の硫酸塩還元活性度分布を測定し、MAR-FISH法の結果と比較検討した。これらの実験結果を総合的に解析・評価することにより、実際の下水処理生物膜内においてどのグループの硫酸塩還元細菌が、どの有機物代謝経路に、どの程度関与しているかについて明らかにすることが可能であった。
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