研究概要 |
ルネサンス期には古典復興を自らの時代形成のアイデンティティとして数多く建物が建設され、それらの建築のパトロンに建築家がその建築の設計意図を示すために、当然のごとく何らかの媒体が必要であった。その建築図面の中で古代受容がいかに表現されているのは解明することは、ルネサンス文化総体を知るうえで極めて重要である。 平成14年度の研究成果は次の通りである。 1.近年発見されたシモン・ホウフェ氏個人蔵である55図面からなる「ホウフェ・アルバム」とそこに描かれた主題と類似したメトロポリタン美術館に保管された図面を比較・検討することによって、それらがともに共通の典範をもとにした写稿であり、その典範の一部はフランチェスコ・ディ・ジョルジョの『建築論』他、様々な小論であることが明らかになった。シエナには15,16世紀に発展した大規模な書写工房があり、いくつものフランチェスコ・ディ・ジョルジョの著作の写稿がそこで生み出されている。少なくともその中のいくつかを手掛けたシエナの挿図職人の手と「ホウフェ・アルバム」とメトロポリタンの図面が酷似していることから、古代受容とその普及のメカニズムの一端を知ることができた。 2.近年、ジュスティーナ・スカリアによって16世紀初頭の画家・技術者・建築家アントニオ・ダ・ファエンツァの作であると同定された122葉640図面がある。その一部は明らかにウィトルウィウスの『建築十書』第3書と第4書のオーダー論の写稿とその翻訳と解釈からなっている。その他の図面はアントニオと同時代の建築家ブラマンテやラファエッロのパラッツォ建築を取り上げ、ウィトルウィウス論の延長線上で論じている。ここにはまさにルネサンス期に古代をどのように受容し、どのように再解釈したのかを知る手掛かりが内包されており、従来のルネサンス研究者の一般的解釈である古典復興というイメージ以上に、いかにルネサンス期当時の建築に古典が活かせるかを真剣に探っているさまをそこに読み取ることができた。
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