研究概要 |
ルネサンス期には古典復興を自らの時代形成のアイデンティティとした様々な重要でかつ荘厳な建築が数多く建設された。それらの建築のパトロンに建築家がその建築の設計意図を示すために、あるいはその建設現場において施工にあたる建設職人たちに建築家の設計詳細を提示するために、当然の何らかの媒体が必要であった。14世紀、15世紀前半のほとんどの建設現場では建築家が発注した模型がその媒介となっていたが、15世紀後半以降建築図面が徐々にその役割を占めるようになるが、建築図面の使用実態はなかなか把握できない。本研究は現存するルネサンス期の建築図面集をその目的と機能から分類しその特性を把握することで、図面表現の変遷を、古代受容の変遷と図法変化に着目して把握した。 (1)ロンドンのジョン・ソーン美術館に所蔵されているいわゆる「北イタリアのアルバム」と称される透視図法で描かれた都市景観図を含む一連の図面集と、パリのルーヴル美術館のロスチャイルド・コレクション内の牛皮紙図面を解明し、(2)古代ローマの遺構から見出した様々な用途の建築部分を合体させた架空の建物群を含む<空想建築>と分類できる図面群を解析し、(3)近年発見された55図面からなる「ホウフェ・アルバム」とそこに描かれた主題と類似したメトロポリタン美術館に保管された図面を比較・検討することによって、シエナに15,16世紀に発展した大規模な書写工房の実態を考察し、(4)16世紀初頭の画家・技術者・建築家アントニオ・ダ・ファエンツァの作とされた122葉640図面をウィトルウィウス解釈論の延長線上で論じた。そこにはルネサンス期に古代受容とその再解釈の手法を知る手掛かりが内包されており、従来のルネサンス研究者の一般的解釈である古典復興というイメージとは異なったルネサンス期建築における古典の実務応用的模索を読み取ることができた。さらに図面間で影響関係を分析することで図面表現の変遷を、コーナー手稿、バルベリーニ手稿、エスコリアル手稿等、サンガッロー派を中心とした新しい透視図法から正投影図法への徐々に変化する流れの中に文脈化した。
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