研究概要 |
モデル生物(ヒト、シロイヌナズナ、イネ等)におけるゲノム解析プロジェクトの進展にもかかわらず、世界人口の最も多くを支える穀物コムギのゲノム(16,000Mb)には多大の未知領域が残されている。ムギ類からゲノムの主要な構成要素をなす新規のトランスポゾンを発見し、ムギ類の遺伝資源の評価、育種のための分子マーカーに応用した。コムギの近縁種ライムギのゲノムからコムギと共通する配列を削除する方法でライムギに特異的に存在する配列の一部をクローニングし,これを含む複数のゲノムDNAクローンの塩基配列を解析して,両末端にトランスポゾンに特有の逆位反復配列を持つ3041bpの全体構造を決定した。さらに,トランスポゾンが内部にコードしている転移のための酵素タンパク質の遺伝子の転写産物のcDNA(726bp)を多数クローニングした。このトランスポゾンは、既知のトランスポゾンやレトロポゾンとは全く構造が異なり、これまで見いだされていない独特の構造をもち、全生物のDNAデータベースにない新規の遺伝情報である。このトランスポゾンは栽培コムギの祖先種、一粒系コムギ、タルホコムギや近縁種ライムギ、ダシピルムには最大一万コピーが染色体全域に散在しており、転移酵素遺伝子が活発に転写されている。ところが、このトランスポゾンは普通コムギのゲノムにはほとんど存在せず、コムギの祖先種から栽培種への進化の過程で消失してきたことが分かった。このように、このトランスポゾンはムギ類ゲノムの進化における増大と消失という興味深い種分布を示しており、コムギ育種の遺伝子源である近縁野生種をはじめとするムギ類の進化、分類、系統の分子評価のための新たな指標を与える。コムギ関連の従来の研究では,染色体末端に局在する縦列型反復配列がクローニングされていたが,ゲノム全域に散在するクローンは無く,網羅的なマーカーの開発は不可能であった。このトランスポゾンの転移酵素遺伝子は3個のエキソンに渡ってコードされており、第2、第3エキソンの配列が保存されているのに対して、第1エキソン部分には挿入、欠失で生じた3つのサブファミリーが存在する。これらのサブファミリーはライムギ、ダシピルム、一粒系コムギ、タルホコムギに種属を越えて保存されていた。また、ライムギ栽培種から、第3エキソンは持つが、5'側に全く異なる短いエキソン(98bp)を持つ395bpのクローンが見いだされ、他方、ライムギ野生種からはその短いエキソン(86bp)の下流に第2イントロンが残ったままの1210bpのcDNAクローンが見いだされた。PCR法によって新規のエキソン部分の栽培種、野生種間の明確な長さの違いを検出することにより、野生種由来のストレス耐性遺伝子を含む系統を同定することができた。このトランスポゾンは分子マーカーとして機能ゲノム研究、ムギ類のストレス耐性育種に貢献する。
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