低分子量GTP結合タンパク質Racは、動物細胞において細胞骨格やNADPHオキシダーゼを介した免疫機構の制御に関与している。植物細胞では活性酸素種の生成を通して感染防御に関与する可能性が示されているが、その機能の詳細は明らかでない。植物の病害防御機構におけるRacの機能を明らかにする一環として、Rac遺伝子を過剰発現させたタバコ形質転換体における局所的抵抗性および全身獲得抵抗性の誘導について解析を行った。Rac3過剰発現体に病原菌であるPseudomonas syringae pv tabaci (Pst)を接種し、接種葉における酸性PR遺伝子の発現を調べた結果、Rac3過剰発現体で野生型と比較して早期に高いレベルの酸性PR遺伝子発現が認められ、LARが迅速に誘導された。さらに、非病原菌であるPseudomonas syringae pv glycineaを接種し、上位葉に接種したPstの増殖を調べた結果、野生型に比べ有意に増殖が抑制された。この上位葉における酸性PR遺伝子の発現とサリチル酸(SA)の蓄積を調べた結果、野生型ではいずれも増加しないのに対してRac3過剰発現体ではいずれも著しく増加した。以上の結果から、Rac3過剰発現体ではLARの迅速な誘導のみでなく、通常はPseudomonasの接種によって誘導されないSARが誘導されることが明らかになった。これらのことから、Rac過剰発現体ではSAが媒介する防御反応が誘導され易くなっていると考えられた。そこで、SA感受性について調べた結果、Rac過剰発現体のSA感受性は野生型の約10倍に高まっており、低濃度のサリチル酸に対しても酸性PR遺伝子の発現が誘導された。このようなRac過剰発現体におけるサリチル酸感受性の増高が、防御応答の増高の原因であると考えられた。以上の結果より、サリチル酸の受容からSARを誘導する過程におけるシグナル伝達機構においてRacが重要な役割を担っている可能性が示唆された。さらにこの結果は、Racが病害抵抗性植物を分子育種するための標的分子として極めて有望であることを示唆している。
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