東京都品川区船の科学館内定点に吊下した付着板上のミズクラゲポリプ(以下ポリプ)個体数の追跡実験から、その変動が他の付着生物(ムラサキイガイ等)との競争によって強く影響されていることが判明した。すなわち、秋〜冬にかけてポリプと空間的に競合するムラサキイガイ等の成長が低下するとともにポリプの生存率が高くなることが明らかとなり、秋まで生存し産卵を行っているミズクラゲの個体数が翌年度のミズクラゲ発生数に大きな影響を及ぼしている可能性が示唆された。また昨年度に引き続き行われた同地点の桟橋支柱上におけるポリプの潜水による周年観察の結果、その分布は付着板同様にムラサキイガイ等の群集に大きく影響されていることが判明し、特にミズクラゲの産卵盛期である夏季には支柱表面はムラサキイガイ等によって覆われ、ポリプは全く観察されなかった。しかしながら底層付近にはムラサキイガイ等は生息しておらず、この空間にポリプ群集が認められた。同時に測定した溶存酸素濃度の結果から、底層付近には夏〜秋の始めにかけて貧酸素水塊が発達していることが判明し、これがムラサキイガイ等の生息を困難にしておりポリプに生息できる空間を供しているものと考えられた。一方、ポリプを様々な溶存酸素濃度の海水内で飼育し、貧酸素水塊に対する耐性を飼育実験によって検証した結果、溶存酸素濃度2.0ml/l以上であればポリプは正常に成長することが判明した。また、ポリプの呼吸速度の測定結果より、貧酸素水塊内では呼吸速度を低下させることによって適応していることが明らかとなった。さらに、プラヌラ幼生の着底実験の結果から、貧酸素水塊の存在がプラヌラ幼生の着底に不利にはたらくことはなく、逆に早期着底を促進させる効果があることが判明した。また、ムラサキイガイによるプラヌラ幼生捕食実験の結果、16-18cmの貝を用いた場合、1cm以内には濾過摂食によりプラヌラ幼生は着底できないことが明らかとなった。 以上の結果より、ミズクラゲ大発生に強く関わってくる要因として前述した産卵の継続期間の他に貧酸素水塊の発達が考えられた。すなわち、最もミズクラゲの産卵が盛んな夏季には、プラヌラ・ポリプは沿岸底層域に出現する貧酸素水塊を利用することによって、ムラサキイガイ等による捕食をさけて増殖・成長しているものと考えられ、沿岸域の富栄養化の進行に伴う底層貧酸素水塊の発達がミズクラゲ大発生を誘引する一つの要因であることが明らかとなった。
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