ハンドウイルカは個体固有の鳴音即ちシグネチャーホィッスルの利用頻度が極めて高い.ことが指摘されてきたが、前年度報告したように、個体の特定できたシグネチャーホイッスルから類似した変化型がいくつか存在していた。これらは飼育環境下の長い鳴音で顕著であったが、自然環境下のイルカの鳴音にはそのような長い鳴音はほとんどなかった。詳細に解析するとシグネチャーホイッスルは一個体で数十種にもなることがあったが、それぞれ1〜3種程度にまとめられ、多くの場合、使用頻度が高いのはその内の1種であった。また、それぞれの周波数変動範囲は数%程度で、使用頻度の高いものほど変動の幅が小さかった。特にこの傾向は鳴音の最初のループで顕著であった。自然環境下のイルカの鳴音が短くて1ループのみで鳴音を構成しているのはこうしたシグネチャーホイッスルの最初の部分のみを発していたのだとすると、自然でのシグネチャーホイッスルはほぼ単一であり、個体ごとの変化型は無視することが可能になると思われた。飼育下の長いシグネチャーホイッスルの第2ループ以降は装飾的意味あいが濃いのかもしれない。 天草の調査海域に生息している個体数は年により変動しているが、ほぼ300頭で推移していたことが報告されている(大多数が島の南に移動した2000年を除く)。しかし、数年前より移動範囲が大きく東の方まで広がるとともに、2004年には個体数の減少が伺われた。背鰭による個体識別から70〜80%に減少したことが考えられたが、シクネチャーホイッスルの種類数にも減少が見られ、その減少は2003年頃より2004年新規加入を除く全ての年級群でみられた。このような傾向はこれまでになかったことである。 シグネチャーホイッスルの鳴き交わしは移動中にも、滞留中にも観察されたが、これまでと同様単位時間当たりの応答関係は滞留中の方が2〜3割多かった。移動中は極めて親密な個体どうしの集まりでありであり、小亀周辺海域では位置的以上に音響的に他のグループと離れた状態になる。従って、滞留する際には他のグループとの接触頻度が高まり、音声による交流が盛んになったと考えられる。
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