ペスチウイルスはプラス鎖RNAをゲノムとする動物ウイルスの一群で、分類学的にはフラビウイルス科ペスチウイルス属と呼ばれ、牛ウイルス性下痢ウイルス1、牛ウイルス性下痢ウイルス2、豚コレラウイルス、ボーダー病ウイルスの4種が確定しているが、これらはポリクローン性抗体を用いた血清中和試験によってほとんど区別できないとされている。この4種は牛、豚、緬羊をそれぞれ侵すことから命名されたものであるが、豚コレラウイルス以外の3種はその宿主域が必ずしも固定しておらず、動物種の壁を越えて相互に感染するだけでなく、他の偶蹄類にも伝播して発病させることが知られている。このため、ペスチウイルス属におけるウイルス種の同定はもっぱら宿主動物種に依存してなされる場合が多く、しばしばウイルス種の判定に混乱を招いている。ペスチウイルスゲノムの5'端非翻訳領域にみられる回文様塩基置換は筆者らにより初めて明らかにされた現象で、本ウィルス属内の各ウィルス種に固有な置換様式があることがこれまでの研究により明らかにされている。本研究はこの回文様塩基置換と宿主の関係を解明することを目的として実施された。その結果、ペスチウイルスRNAのRT-PCRにより増幅された5'端非翻訳領域に存在する少なくとも3箇の可変領域に特徴的な二次構造が想定され、ループ領域の配列と長さはウイルス株により一定していないものの、ステム領域の配列はウイルス種内でよく保存されており、固有のステム構造を呈することが判明した。つまり、ウイルス種として区別されているペスチウイルスは基本的には共通のゲノム構造をもつものの、5'端非翻訳領域にみられる3箇所の可変領域における回文様塩基置換を通して宿主域を決定していたことが示唆された。この成績はペスチウイルスの種の定義に係わる重要な意味を有しており、本ウイルスの進化や生態を解明するための鍵になるものと考えられた。
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