研究概要 |
生命世界における左右非対称性の存在は、生物を非生物世界から区別する重要な特徴となっている。この左右の識別を担う生体分子の分子認識機構は、哺乳類の中枢神経機能の制御にも積極的に関与することが近年明らかとなってきている。とくにD-セリンはグルタミン酸受容体のサブタイプNMDA (N-methyl-D-aspartate)受容体に存在するグリシン結合部位の選択的アゴニストとして作用することが明らかとなっている。 我々は、哺乳動物中枢神経における不斉アミノ酸分子の代謝を司るD-アミノ酸酸化酵素(D-amino acid oxidase, DAO)の脳特異的遺伝子発現を明らかとして、脳内には、D-アミノ酸酸化酵素によるD-セリン代謝系が存在してD-セリン濃度を制御することを提唱し、既に新生ラット脳から初代グリア分離培養を行いタイプ1アストロサイトにおけるDAO遺伝子の発現を報告している。 本研究ではさらに、中枢神経系を構成するグリア細胞の一部であり、脳虚血傷害時に活性化され集積する性質を持つミクログリアに注目し検討を加えた。新生ラット脳初代培養細胞を用手的に振盪することで浮遊細胞を分離し、さらに増殖培地にマクロファージコロニー刺激因子(macrophage colony-stimulating factor, M-CSF)を添加することにより高純度のミクログリア初代培養を得た。そこから全RNAを抽出し、RT-PCR法を用いてDAOの遺伝子発現を検討した。次に個体レベルでの脳虚血傷害後のDAO遺伝子発現変化を調べるため、成熟ラット-過性局所脳虚血モデルを作製した。Intraluminal sutureモデルを用いて2時間の虚血後再灌流した。再灌流後1時間から7日目まで経時的に大脳皮質を摘出して全RNAを抽出し、RT-PCR法を用いてDAO遺伝子発現の変化を半定量的に比較検討した。 その結果、ラット脳由来のミクログリア初代培養細胞においてDAO遺伝子の発現を確認した。さらにin vivoにおいても成熟ラット大脳皮質でのDAO遺伝子発現を確認した。一方、脳虚血モデルでは再灌流後、虚血大脳皮質におけるDAO遺伝子発現の著明な増加は観察されなかった。 以上から脳虚血傷害時早期に集積する性質を持つミクログリアにDAO遺伝子の発現がみられ、NMDA受容体を介する虚血後神経細胞死制御にD-セリン-D-アミノ酸酸化酵素制御システムが関与することが示唆された。
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