研究概要 |
食道扁平上皮癌(ESC)は,basal cell hyperplasia(BCH),前癌病変或いは境界病変と考えられるDysplasia,扁平上皮癌(SCC)へと至る,すなわち低異型性病変から高異型性病変へと進展する過程において,種々の遺伝子異常が多段階的に蓄積されて発癌する機序が推測されている.ESCの術前未治療手術症例のうち多発表在癌5例を対象にSCC, Dysplasia, BCHの領域から,microdissection法を応用してDNAを抽出後,PCR法にて増幅し,P53蛋白の発現p53遺伝子変異,loss of heterozygosity(LOH)及び遺伝子不安定性(MSI)に関し,各病変において検討した.その結果,癌病変のみでなく非癌部においてもp53遺伝子の接合変異及びLOHを認めた.p53遺伝子異常はESCの多段階及び多発発癌機序において,その早期に重要な役割を担う遺伝子異常のひとつである事が示唆された.MSI及びミスマッチ修復遺伝子異常は,癌部,非癌部とも高頻度に認め,表在型ESCが多発性に発生することについての遺伝子学的な裏付けのひとつになると考えられた.また一癌病変から複数の異なるp53遺伝子異常も検出し,MSI及びミスマッチ修復遺伝子異常を伴う多発ESCの一部の症例では,多巣性,多クローン性の発癌機序が関与している可能性が示唆された.更にESCの進展・浸潤・転移に密接に関連する接着分子の役割を明らかにする為,術前未治療ESC71症例の原発巣と転移リンパ節を対象に,接着分子(E-cadherin,β-catenin,CD44,CD44v6,integrinβ1)の発現と臨床病理学的因子との相関性を検討した.原発巣における発現については,E-cadherin,β-catenin,CD44v6はリンパ管・静脈侵襲陽性例で,E-cadherin、β-cateninは深達度とリンパ節転移陽性例で,E-cadherinは浸潤形態の増悪と再発例において有意な発現低下を認めた.5年生存率もE-cadherin,β-catenin,CD44v6の発現減弱群において有意に低下していた.ESC原発巣における接着分子の発現減弱は癌の浸潤・転移に強く関与し予後不良因子であった.転移リンパ節における発現について,転移の範囲では各接着分子の発現に有意な傾向を認めなかったが,転移リンパ節個数の増加に伴いE-cadherin,β-catenin及びCD44v6の発現は有意に減弱していた.ESCにおいて転移リンパ節個数の増加は予後不良因子と考えられており,転移リンパ節を含めた接着分子の発現は有用な予後予測因子の一つと考えられた.
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