マスト細胞は骨髄で最終分化を終えぬまま末梢血中移動し、末梢組織において血管外へ浸潤し最終分化を行う。マスト細胞は全身の皮膚や消化管、腹腔内などに生理的に存在するが、血管内に存在するマスト細胞前駆細胞が末梢組織内へ浸潤する機構についてはよくわかっていない。MITF遺伝子のプロモーター領域に挿入されたトランスジーンをホモに持つtg/tgマウスでは皮膚以外の全組織でマスト細胞が欠損する。ところが、このマウスの骨髄細胞や脾臓細胞をインターロイキン3存在下で培養すると、野生型マウスの場合と同じように培養マスト細胞(CMC)を得ることが出来る。従って、tg/tgマウスではマスト細胞の前駆細胞は存在するが、その細胞が組織へ浸潤することが出来ない可能性、更にはMITFが転写活性化を行う遺伝子の中にマスト細胞の組織浸潤に関与する分子が含まれている可能性が考えられる。tg/tgマウスの腹腔内におけるマスト細胞欠損について調べるため、CMCをtg/tgマウスの腹腔内に注射した。野生型マウス由来のCMC(+/+-CMC)は腹腔内で生存し続けたが、tg/tgマウス由来CMC(tg/tg-CMC)は死滅した。この現象はin vitroでも再現され、+/+-CMCは線維芽細胞との共生培養において線維芽細胞に接着し増殖したが、tg/tg-CMCは接着せず死滅し、tg/tg-CMCの接着能の欠陥が明らかになった。 次にtg/tg-CMCにおいて発現が著しく低下し、かつ接着に関与する可能性がある遺伝子の単離を試みた。サブトラクション法に工夫を凝らし、出来上がったライブラリーから600クローンを単離し、その中にSgIGSF(Spermatpgenic Immunoglobulin Superfamily)をコードするクローンを見つけた。SgIGSFは細胞外に3つの免疫グロブリン様構造を持つ接着分子である。tg/tg-CMCにSgIGSFを遺伝子導入すると、線維芽細胞への接着能が正常化し、腹腔内での生存能も回復した。以上の結果より、SgIGSFはマスト細胞が線維芽細胞に接着する時に使われる接着分子で、マスト細胞の腹腔内における生存に寄与する分子であることが明らかとなり、その転写障害がMITF変異マウスにおける腹腔マスト細胞欠損の一因であると考えられた。
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