ボルナ病ウイルス(BDV)は、脳神経細胞に強い親和性を持つモノネガウイルス目に属するRNAウイルスである。BDVは、ドイツ南東部で急性脳炎を主徴とするウマの風土病の原因ウイルスとして同定されたが、その後ヒトを含む多くの温血動物で感染が確認されている。人獣共通感染症としての危険性や疫学調査において内因性精神障害との関連性が示唆されるなど、BDVの中枢神経障害性の解明は重要性を増してきている。本研究では、BDVの中枢神経障害性の解明を目標に、BDVの主要ウイルス抗原であるリン酸化(P)蛋白質と結合する宿主因子の同定、ならびに感染細胞内におけるP蛋白質の発現制御に関する解析を行った。P蛋白質はウイルスの転写・複製に関わる因子であり、感染動物脳内で高い発現が観察されている。また、これまでの研究からBDVの病原性との関連性も示唆されている。本研究により、以下の成果を得た。(1)P蛋白質と神経突起伸長因子amphoterin (HMGB1)との結合を明らかにし、P蛋白質によるHMGB1の機能阻害を証明した。(2)P蛋白質がleaky scanning機構を用いて0.8-kbのbicistronic mRNAから発現されていることを明らかにした。(3)P蛋白質をコードするフレームより16-kDaの新規蛋白質(P')が発現することを突き止めた。(4)BDV感染動物での病態発現が、脳特異部位でのP蛋白質の蓄積と相関することを示した。(5)P蛋白質の細胞内局在は、BDVのNならびにX蛋白質の発現量に依存しており、X蛋白質の存在下でのみ細胞質に蓄積することを明らかにした。以上の結果から、感染細胞におけるP蛋白質の発現と細胞内局在は、他のBDV抗原との相互作用により厳密の制御されていることが示された。また、P蛋白質の細胞質内蓄積がBDVの持続感染や病態の成立に関与していることが推察された。さらに、P蛋白質によるHMGB1の機能阻害がBDVの中枢神経病原性の本質である可能性も示唆された。
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