一部の有機リン化合物が有する遅発性神経毒性に対し齧歯類は感受性が低く、実験動物としては高感受性のニワトリが用いられてきた。このため、遅発性神経毒性の機序解明にあたって、実験動物として汎用されている齧歯類を用いて明らかにされてきた神経科学分野の成果を利用することが困難であった。そこで、我々は、有機リン化合物の遅発性神経毒性に対するラット発症モデルを開発に着手し、合成樹脂産業で可塑剤や抗酸化剤として利用されている亜リン酸トリフェニルを用い、6ヶ月齢の成熟ラットを対象に、体重当たり500mgの化合物を隔日計3回経皮投与することにより確実に神経障害を発症させることに成功してきた。 以前、我々はニワトリを用いた実験により、若齢の個体は成熟した個体より感受性が低いこと、感受性の相違は亜リン酸トリフェニルの代謝速度の違いで説明できること、を示した。そこで、本年度研究では、ラットでも同様の加齢による感受性の相違が観察されるか検討した。8週齢、11週齢および16週齢のSD系雄ラットに体重当たり500mgの化合物を隔日計3回経皮投与し、神経症状の発現を観察した。その結果、すべての週数のラットに神経症状が発現し、ラットでは加齢による感受性の変化はみられないことがわかった。 また、神経症状の発現機序として皮質脊髄路における超微形態学的変化に着目し、脊髄の電顕的観観察を行った。観察は現在でも継続中であるが、亜リン酸トリフェニルにより神経症状を発症したラットでは、脊髄前核細胞周囲における軸索終末の減少を示唆する所見が得られている。
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