研究概要 |
シンナー濫用者の突然死の発症機序を解明する目的で,トルエン吸入が心臓にどのような影響を及ぼすかを動物実験で検討した.Wistar系雄性ラットを用い,トルエン(1,500ppm)を1日4時間,4日,7日,10日間吸入させた.病理学的に,心臓を観察した結果,冠状動脈では,閉塞・狭窄などの明らかな異常,冠状動脈の血管壁,血管内皮細胞にも明らかな異常を認めなかった.心筋線維の走行異常は観察されず,間質に細胞浸潤なども観察されなかった.刺激伝道系にも細胞浸潤などの明らかな異常は観察されなかった.次に,免疫組織化学的に染色したところ,過酸化障害における過酸化脂質(4-HNE)の形成は明らかではなかったものの,酸化的DNA損傷による8-OH-dG生成は認められた.SODの免疫組織化学的検索を行ったところ,トルエン吸入群では,小血管内腔にも陽性像が観察された.この結果は,小血管におけるSODの発現,または血行性のSODの心臓への供給(到達)が考えられた.8-OH-dGを定量したところ,対照群では1.150±0.096ng/ml,トルエン吸入群で1.073±0.119であった.この結果は,免疫組織化学的染色結果とよく一致していた.従って,定量的にも酸化的DNA傷害の発生は確認できなかった.先のSODの染色結果から,小血管内腔におけるSODの発現が,酸化的DNA損傷に保護的に作用した結果,トルエン吸入による8-OH-dGの発現亢進が抑制された可能性が示唆された.以上のことから,トルエン吸入により直接的に心臓に過酸化障害をきたすか,トルエン吸入による副腎皮質ホルモンの過剰産生を介して心臓に過酸化障害をきたしている可能性が示唆され,その結果,心機能に影響を及ぼす可能性が疑われた.
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