Shaken baby syndrome(SBS)は、頭部を前後に強く揺する虐待行為により、乳児に死亡または重篤な神経系後遺症をもたらす予後不良な病態である。しかし、本症の特徴的所見である急性硬膜下血腫や眼底出血、その後に生じる脳萎縮が、頭部震盪のみで生じるのか否かという議論はいまだ解決していない。本研究はSBSの動物モデルを作製し、脳障害の病態生理学的機序を探ることを目的とする。頭部に加速度計を装着した生後3週齢・4適齢ラットの頭部を、10Gの加速度で前後に毎分300回、10分間震盪すると、動物は強いチアノーゼ、無呼吸、失調性呼吸を呈し、約2割が死亡した。震盪終了直後の血中酸素濃度低下は一過性で約10分後には回復したが、脳内酸素濃度および脳内血流量の低下は30分以上継続した。生後6日齢の幼弱ラット(震盪群、n=5)に3日間連続で頭部震盪を行い、3週間後に対照群と比較したところ体重および脳重量は有意に低値を示した。脳損傷の有無を検査するため、脳を灌流固定後、作製した凍結切片を用いて、HE染色、鉄染色、および免疫組織学的検索:ABC法(抗GFAP、抗βAPP)を行った。震盪群5例中3例に軽度のくも膜下出血の痕跡が確認されたが、大脳皮質・白質、脳幹部、上位頚髄いずれの実質内にも出血、梗塞等の損傷は認められなかった。また免疫組織学的検索でも、reactive astrocyteの出現、軸索の異常腫脹や断裂、神経細胞障害等の異常所見は認められなかった。近年報告されたSBSの動物実験数件の結果は、震盪条件や使用される動物種、適齢の違いのため、その結果は一致していない。今回の実験では、中枢神経系の実質損傷を病理組織学的に証明し得なかったが、脳重量の減少は何等かの異常を示唆しており、今後更なる検討が必要である。また、呼吸障害による脳低酸素症がSBSの病態に強く関与することが示唆された。
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