Stx産生腸管出血性大腸菌(STEC)感染に伴うHUSや脳症の発症は、Stxと炎症性サイトカインの相乗作用による血管内皮傷害が主体と考えられている。本研究では、低蛋白飼育C57BL/6マウスのSTEC感染系において、フォスフォジエステラーゼ(PDE)阻害剤が脳症発症を抑制し得るか検討した。 PDE阻害剤には、赤血球・血小板・免疫細胞に多く存在するPDE3と4の阻害剤(cAMP 特異的)を用いた。内毒素(10ng/ml)+Stx2(10pg/ml)共刺激に対して、両阻害剤2mg/ml以上の濃度で、マウス脳ミクログリア、腎メサンギウム・尿細管上皮、脾臓マクロファージ内のcAMP濃度を優位に上昇させた。両阻害剤の血中Cmaxを5mg/mlになる投与量を設定し、7mg/kgで投与1日2回(12時間毎)、腹腔内に感染第2〜4病目から3日間連続投与した。感染第2病日から3日投与(プロトコール1:P1)で、感染マウスの90%以上は生存し、神経症状も呈さなかった。第3病目からの投与(P2)では60%生存率で、一部のマウスは神経症状を呈して死亡した。第4病日から(P3)では対照群と同様、全マウスが神経症状を呈して死亡した。P1治療では、感染後の血液・腎・脳中のTNF-α・IL-1β・IL-6は対照群に比して有意に低く、有意差は無いがIL-10は高値傾向を示し、脳組織にStxの免疫反応は認められなかった。P1療法において、便中菌数・毒素量共に低下しなかったことから、阻害剤の効果は炎症性サイトカイン産生抑制に起因すると考えられた。PDE阻害剤には、赤血球の柔軟性亢進作用や血小板凝集抑制作用があり、これらの作用が、同時に効果発現に寄与していると推察された。 PDE阻害剤は既に臨床治療薬として安全に用いられており、脳脊髄関門をも通過することから、postinfection windowにおけるnonspecific intervention therapyとして、極めて有効であるとの結論を得た。
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