急性心筋梗塞の致死的合併症として重要な頻脈性不整脈は、梗塞境界部細胞内のカルシウム(Ca2+)過負荷が重要な発生基盤と考えられてきた。しかしながら生体位の急性梗塞心におけるCa2+動態の異常が如何に不整脈発生に寄与するかは不明であった。本研究では、左冠動脈結紮2時間後のラット摘出梗塞心をランゲンドルフ灌流下にCa2+蛍光指示薬fluo3/AMで負荷した後、リアルタイム共焦点レーザ顕微鏡を用いて、梗塞境界部における心筋細胞内Ca2+動態を空間的に可視化することにより、不整脈の原因となる局所の興奮伝導異常の解明を試みた。梗塞部より離れた正常心筋では、均一なCa2+トランジェント(CaT)が心電図のQRS波に同期して発生し、Ca2+波等の異常なCa2+動態を示さなかった。これに対し梗塞巣の細胞では蛍光は殆ど観察されず、梗塞巣に隣接した細胞では収縮帯を伴った一様に高い蛍光を示す壊死心筋が観察された。さらに周囲の梗塞近傍領域ではCaTは観察されず、細胞間を伝播しない細胞内Ca2+波が広範に発生した。このうち壊死心筋に隣接した2-3層の細胞(adjacent zone)では、心臓の調律とは解離したCa2+波(平均頻度17.6/min/cell)が発生したのに対し、周囲の正常組織に近い細胞(vicinity)では、心室の興奮に同期して発生する新しいタイプのCa2+波(刺激誘発性Ca2+波)が観察された。刺激誘発性Ca2+波は、低い頻度(<0.5Hz)の刺激では刺激に概ね同期して発生したが、高い刺激頻度(>3Hz)では誘発されにくくなる刺激頻度依存性を示した.境界部のCa2+波は観察開始後約10分で消退し、CaTも発生せず低いCa2+蛍光を示す静的状態に転じた。経時的に消退したCa2+波は、イソプロテレノールを作用させるとvicinityでは再び発生したが、adjacent zoneでは反応しなかった。同組織のコハク酸脱水素酵素によるミトコンドリアのATP産生能(SD活性)の評価では、Ca2+波の経時的消退が虚血による代謝阻害に起因するものであることが示唆された。以上、急性心筋梗塞の境界では、ごく一部(adjacent)の組織で自発性のCa2+波が発生するものの、周囲の広範な虚血組織では、心臓の調律に依存した比較的低頻度で細胞間伝播しない局所的なCa2+波が発生するに留まったことから、撃発自動能等の異常な興奮性を示すものではなく、むしろ伝導障碍の重要な素地が形成されることが示唆された。
|