抗腫瘍剤であるシスプラチンの投与により、マウスに急性尿細管性腎不全(ATRF)を発症させると、正常腎組織では認められないHB-EGFの発現が、主として遠位尿細管に観察される。また、正常ラット尿細管上皮細胞由来のNRK52E細胞にrecombinant(r)・soluble(s) HB-EGFを添加すると、[3H]-thymidineの取り込みが促進され、高度なDNAの生合成が生じる。これらの成績から、HB-EGFはATRFによる尿細管障害の修復に関与する成長因子である可能性が推察される。そこで、まず我々は、シスプラチン誘導型マウスATRFモデルに対するsoluble HB-EGFの治療的および予防的効果について検討した。ATRFモデルは、BALB/cマウスに15mg/kgのシスプラチンを腹腔内投与することにより作成した。このモデルでは、シスプラチン投与後約48-72時間で、著明なATRFを発症する。予防的効果の検討は、シスプラチン投与前30分、投与後6、12、24、36、48時間に250ug/kgのrhs-HB-EGFを尾静脈より静注した。対照群は生食を同様に静注した。両群で経時的に血清BUN、クレアチニンおよび腎組織の変化について検討した。BALB/cマウスにrhs-HB-EGFを静注し、腎組織への移行の程度を検討したところ、静注後1分でHB-EGFの濃度は腎組織1g当たり290ngとピークを示し、15分後には1ng以下となり30分後には検出感度以下となり、明らかな腎組織への移行が確認された。rhs-HB-EGFの予防的投与の検討では、生食を静注したコントロール群では、シスプラチン投与後2日目から、クレアチニンの著しい上昇を認めたが、一方でHB-EGF投与群ではその上昇の程度は有意に抑制され、明らかなHB-EGFによるATRF発症の予防的効果が認められた。腎組織所見では、HB-EGFを投与しなかったコントロール群の腎組織では、特に皮髄境界から髄質部の尿細管において、尿細管上皮細胞の脱落や壊死などのATRFに特徴的な所見が観察された。一方、HB-EGFの治療的投与を施行した群では、それらの変化は軽減されており、明らかなATRFの進展抑制効果が認められた。予防的投与においても同様に、ATRFの所見はコントロールと比較して軽微であった。次に、HB-EGF投与群と非投与群での経時的な尿細管上皮修復作用をBrdUrdラベルによるDNA合成能を指標として検討した。BrdUrdのLaberling数を尿細管上皮細胞数1000個当たりのBrdUrd陽性細胞の比率で定量化したところ、コントロール群ではBrdUrdのlabeling indexは低値であったが、HB-EGF投与群では、シスプラチン投与後3日目をピークとした、有意なDNAの再合成が観察された。以上のことから、solubule formのHB-EGFは尿細管上皮の再生を促進させることにより、尿細管障害後の尿細管上皮細胞の増殖に関与する可能性がある。
|