ヒト表皮角化細胞の多段階発癌機構の解明に向けて、ヒト正常表皮角化細胞における複数の遣伝子変異の組み合わせの働きを検討した。変異型p53、Ras、CDK4 (cyclin dependent kinase 4)、hTERT (telomeraseの逆転写酵素)などを発現するレトロウイルスベクターを用いて、ヒト正常表皮角化細胞にいくつかの組み合わせで遺伝子を導入した。遺伝子導入した表皮角化細胞を使ってヒト皮膚を作製後、スキッドマウスの背部に移植した。コントロールのGFPやCDK4のみを導入した皮膚やRasと変異型p53の両者を導入した皮膚は、臨床・組織学的に正常であったが、RasとCDK4の両者を導入した皮膚は、移植3週ごろから角化性腫瘍を認め、有棘細胞癌に合致する組織像が得られた。 Ras-CDK4による腫瘍では、ヒトの一般的なSCC同様、Eカドヘリンの発現減弱、Cyclin D1、VEGFやMMP2の発現亢進がみられた。次に細胞増殖亢進のメカニズムを詳しく調べるため、Cyclin D1 (D1)、Cyclin D1の発現を抑制するanti-sense Cyclin D1 (AS D1)、酵素活性のない変異型CDK4N158を発現するベクターを作製しin vivoの実験を行った。CDK4-D1のみでは腫瘍は形成されず、Ras-CDK4-AS D1やRas-CDK4N158では、腫瘍形成が完全に阻止された。Ras-CDK4における腫瘍形成には機能的なCDK4-D1が必須であり、また、CDK4-D1の組み合わせでは十分ではないと考えられる。以上の結果より、RasとCDK4の2つの遺伝子の強発現によってヒトのSCCが生じる可能性が示唆され、その過程には機能的なCDK4とCyclin D1が必須であることがわかった。
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