季節性感情障害や双極性障害などの気分障害では、生体時計機構の障害を示唆する症状が多く観察され、生体リズムの乱れが気分障害の病因であるとする「気分障害のリズム障害仮説」が提唱されている。一方近年生体リズム形成に必要とされる遺伝子が報告されている。こうした背景より、分子生物学的な観点から気分障害の診断方法の変革、治療・予防法の新たな視点の提供を最終目的として今回の研究が行われた。 今回の検討ではまず、ヒト概日リズムの形成に重要な遺伝子であるhper2遺伝子の多系を検討した。結果は、ヒトの生体リズムに関与することが明らかになっている遺伝子多型は、双極性障害、健常人でその頻度に違いはなく、否定的なものであり、現状ではhper2が気分障害に対して何らかの影響を与えている可能性は支持されなかった(双極性障害患者88名、健常者127名)。しかし、時計遺伝子はまだ多数存在することなどを考え合わせると、本研究の結果は今後も継続する必要があると考えられる。 また、併せて対象患者のクロノタイプ(自然の概日リズムに対してどのような生活習慣を好むかの傾向、朝型・夜型の生活習慣など)と時間関連遺伝子の関係を検討し、疾患での偏りがないかHome-Osbergの朝型夜型尺度(MEQ)を用いて検討を進めている。現在のところ健常者134名の遺伝子多型、クロノタイプの検討では、時間関連遺伝子hper1で新たに見出したアミノ酸置換を伴う遺伝子多型(c30719)と睡眠習慣との関連は見出されなかった。 本研究は、気分障害を対象として新たに我々が見出した遺伝子多型の意味合いを検討することや、他の時計遺伝子に関しても検討を加えるなど、今後の「気分障害のリズム障害仮説」の分子レベルでの研究を進めてゆく上での基礎を形成するものとなった。
|