薬物依存や薬物誘発性精神病の形成には、その薬物自体の薬理特性以外にも、多くの因子、特に遺伝要因がかなり大きな影響を与えていることが示されている。そこで、覚せい剤使用による薬物反応性の違い、特に依存形成、精神病形成における個々人の脆弱性を規定する因子を検討した。対象は覚せい剤依存者198名(内、精神病性障害合併は164名)と健常コントロール221名である。 1)ドパミントランスポーター遺伝子: 覚せい剤の脳内一次作用部位はドパミントランスポーター(DAT)である。DATはhDAT1遺伝子によりコードされており、エクソン上の多型の4ヶ所を解析した。その結果、覚せい剤精神病の遷延型(治療後1ヶ月以上精神病が持続するもの)では3'非翻訳部位VNTRで9回リピート以下のnon-common alleleが有意に多かった。hDAT遺伝子VNTR多型で9回リピート以下のアレルを有する個人では、覚せい剤精神病の治療後の予後が悪いことが予想され、遷延化しやすく、そのオッズ比は4.24と強力な危険因子であることがわかった。 2)ドパミン受容体遺伝子: 覚せい剤により放出された内因性DAは後シナプス部位の薬理学的D2DA受容体に作用し、生理作用が発現する。薬理学的D2DA受容体は、分子学的にはD2、D3、D4受容体の3つに分類され、これらをコードする遺伝子はそれぞれDRD2、DRD3、DRD4遺伝子である。DRD2遺伝子TaqI A多型ではA1/A1遺伝子型を持つものは、有意に覚せい剤使用から精神病発病までの潜時が長く、治療後は遷延型にはなりにくく、フラッシュバックも生じにくいことがわかった。また、プロモーター部位の-141Ins/DelではDelアレルを持つものは、逆に精神病発現までの潜時が短く、そのオッズ比は5.4倍と強力な危険因子であった。DRD3遺伝子のSer9Gly多型、DRD4遺伝子のプロモーター部位の-521C>T多型と48bpのVNTR多型は相関はなかった。 3)DA系以外の遺伝子 オピオイドのプリカーサー遺伝子であるprodynorphin遺伝子のpromorter領域ある活性多型の68bpのVNTR多型を解析した。覚せい剤依存および覚せい剤精神病は遺伝子型で有意な相関を示し、後者はアレル頻度でも有意な相関を示した。DRP-2遺伝子では、エクソン14上の*2236T>C多型を解析した。DRP-2遺伝子多型では覚せい剤依存、精神病および臨床パラメーターと相関は示さなかった。
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