平成13年度は主に電位感受性色素を用いた光学的測定法で薬理学的実験を行った。正常ラット新鮮脳薄切片へ低グルコース・クレブス液を投与すると、神経興奮伝搬は一定の時間で抑制されるが、前もって低グルコース液に暴露させると、その抑制は同時間では起きにくくなる(低血糖への急性適応)。この現象はモノカルボン酸トランスポーター(MCT)阻害剤前投与にても同様に見られたが、最初の低グルコース液投与から正常グルコース液に戻した後の興奮抑制からの回復時間はMCT投与により延長した。慢性インスリン低血糖ラット脳切片は正常ラット脳に比し、低グルコース液による神経興奮伝搬抑制は少なく(低血糖への慢性適応)、MCT阻害剤前投与によりその現象は部分的に解除され、MCT未投与の低血糖ラット脳に比し興奮伝搬抑制が増強した。以上より、MCTが急性低血糖からの回復過程や慢性的な低血糖状態による低血糖適応状態に関与することが示唆された。平成14年度では、正常ラットおよび慢性低血糖ラット脳組織から抽出した総RNAから、MCT1、MCT2をプローブとしてノーザンブロッティングを行いRNAの発現量の検討を行った。正常ラット脳では、MCT1、MCT2ともRNA発現は認めなかったが、慢性低血糖ラット脳では、MCT1、MCT2のRNAの同様な発現を認めた。正常ラット脳を低グルコース液で前処置し、もとの通常グルコース液に戻した後の脳組織からも同様に検討した所、MCT1、MCT2ともにわずかにRNAの発現を認めた。各脳組織から蛋白を調整し、抗MCT1、MCT2抗体を用いたウエスタンブロッティングで蛋白の発現量を検討した。正常ラット脳では、MCT1、MCT2蛋白発現は認めなかったが、慢性低血糖ラットで有意な発現を認めた。以上より、脳は低血糖に曝されると、通常発現していなかったMCTが神経細胞やグリア細胞に現れ、これが脳神経細胞興奮性の低血糖に対する適応の要因となる可能性が示唆された。
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