研究概要 |
抗癌剤が細胞死を誘導する機構は薬剤によって様々であるが、標的細胞の細胞死にはいくつかの類似したプロセスがある。我々は、放射線照射によって誘導される細胞死の過程において中心体過剰複製が関与することを報告してきた。今回の研究では、DNAの損傷あるいはアポトーシスをもたらす幾つかの抗癌剤が、中心体過剰複製と関連して新たな細胞死を誘導し得るかについて検討した。 ヒト膵癌細胞株Suit-2とCapan-2を実験に用いた。抗癌剤は、etoposide(VP-16), mitomycin(MMC), cisplatinと5-fluorouracil(5-FU)を用いた。中心体は、α-tubulinとpericentrinに対する抗体を用いて免疫染色し、間接蛍光顕微鏡で観察した。アポトーシスは、微少核の形成で評価し、細胞死はヨウ化プロピディウムの蛍光強度を測定した。 実験に用いた5種類の抗癌剤は、2つの細胞株でいずれも中心体の異常をもたらしたが、中心体異常の程度は2つの細胞株で大きく異なっていた。中心体異常を強く誘導した細胞株であるSuit-2を用いた検討で、VP-16は薬剤の濃度依存性に中心体異常をもたらした。Suit-2に1μMのVP-16を持続的に投与すると中心体の過剰複製が顕著にみられたが、細胞死の出現は軽度であり、この条件でもたらされる中心体過剰複製は細胞死の誘導にあまり影響を与えないと思われた。同じSuit-2細胞に10μMのVP-16を投与すると同様に中心体の過剰複製が観察され、さらに微少核をもつ細胞が出現しアポトーシスを誘導していた。しかし、放射線照射によって観察された紡錘体局の形成はみられず、過剰複製された中心体が分裂期細胞死を直接誘導している証拠は得られなかった。一方、同じくVP-16の10μM処置によって多核巨細胞が出現し、この核の周辺に中心体の過剰複製が観察された。 放射線照射によって誘導された中心体過剰複製が、抗癌剤の投与によっても共通して強く認められた。しかし、放射線照射で観察されたような、多極生紡錘体局の形成とこれによる分裂期細胞死の直接的な証拠は得られなかった。一方、中心体過剰複製と多核巨細胞がVP-16の処置によって強く誘導されたことは、薬剤が細胞の分裂障害をもたらしていると考えられ、これに引き続いて分裂期細胞死がおこることが強く示唆された。抗癌剤によってもたらされる中心体過剰複製と細胞分裂障害から細胞死に至る過程について更なる検討が必要であると思われる。
|