研究概要 |
大腸癌においてK-rasに次ぐ有力ながん遺伝子として注目されているβ-カテニンはユビキチンシステムによる分解制御機構から逸脱して核内に移行し,固有の細胞内情報伝達系を介してがん遺伝子として機能することが培養細胞や遺伝子改変生物の実験系で提唱された.そこで,ヒト大腸癌を対象にしてβ-カテニンシグナル伝達系活性化とその標的遺伝子群の発現や,このシグナル伝達系制御異常を腫瘍病態の観点から究明し,得られる知見を大腸癌の発癌進展過程の解明と診断・治療に応用することを目的として本研究を開始した. ヒト大腸癌においてβ-カテニンががん遺伝子としての作用を示すかどうかを明らかにするために,200例以上の大腸癌を対象に予備検討を行った.その結果,大腸癌におけるβ-カテニン活性化はk-rasと同様に50%以上と高頻度に認められることを明らかにした.また,その活性化様式には異なったパターンが存在し,腫瘍全体において活性化されている症例が40%,腫瘍浸潤先進部において特異的に活性化を示す症例が9%であるという極めて興味深い知見を得た.とくに,腫瘍浸潤先進部において特異的に(おそらくlate eventとして)活性化されると,このシグナル伝達によりMMP-7(マトリライシン)の発現誘導を介して癌の悪性度を高めることを他に先駆けて見出した.同様の結果は最近集積した別の大腸癌70症例の解析により再現性が確認された.また,このシグナル伝達を介したβTrCP(β-transducin repeats-containing protein,ユビキチンリガーゼ受容体の1つで,β-カテニン分解制御因子)やNF-κBの発現誘導を培養大腸癌細胞と少数のヒト大腸癌を対象にしたpilot studyにより明らかにし,世界に先駆けて報告した. 現在,このシグナル伝達系の異なる活性化パターンの制御機構や,他のがん関連遺伝子,例えばK-rasシグナル伝達系とのcross-talkingなどに関する解析を大腸癌の分子診断への応用という観点から進めている.一方,このシグナル伝達系の制御因子や転写遺伝子を標的にした遺伝子治療の可能性に関する基礎的検討にも展開したい.
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