研究概要 |
大腸癌においてK-rasに次ぐがん遺伝子として注目されているβ-カテニンはユビキチンシステムによる分解制御機構から逸脱して核内に移行し,固有の細胞内情報伝達系を介してがん遺伝子として機能することが培養細胞や遺伝子改変生物の実験系で提唱された.そこで,ヒト大腸癌を対象にしてβ-カテニンシグナル伝達系活性化とその標的遺伝子群の発現や,このシグナル伝達系制御異常を腫瘍病態の観点から究明し,得られる知見を大腸癌の発癌進展過程の解明と診断・治療に応用することを目的として本研究を開始した.2001年度は1)ヒト大腸癌の50%以上にβ-カテニンが活性化されていることと,2)その活性化様式には異なったパターンが存在し,腫瘍浸潤先進部で特異的に活性化されるとMMP-7の発現誘導を介して癌の悪性度を高めることを解明した. 2002年度は,β-カテニンの多様な活性化パターンの制御機構を明らかにするために,他のがん関連シグナル伝達系との関連について検討した.その結果,β-カテニンのユビキチンシステムによる分解制御因子の1つとして我々の研究グループが同定したβTrCP(β-transducin repeats-containing protein)はβ-カテニンシグナル伝達に依存して誘導され,β-カテニン発現とはnegative feed-backの関係にあり,β-カテニンの大腸癌浸潤先進部における特異的活性化と密接に関連していた.一方,腫瘍浸潤先進部におけるβ-カテニンシグナル活性化はAPCがん抑制遺伝子の不活性化とは無関係であった.大腸癌におけるK-rasがん化シグナルやp53がん抑制シグナルとβ-カテニン活性化パターンとの間には特定の相関は認められなかったが,腫瘍浸潤先進部におけるβ-カテニンシグナルとK-rasがん化シグナルがともに活性化されている大腸癌は悪性度が高く,転移・再発が有意に高頻度であった. 本研究計画により得られた一連の成果は,活性化β-カテニンとそのシグナル伝達制御因子を標的にした大腸癌の分子診断や遺伝子治療の開発に関する研究に展開できるものと期待される.
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