大腸癌の発生機構には多くのがん遺伝子やがん抑制遺伝子の異常の累積が重要な役割を演じている。遺伝子異常の蓄積を誘発する機構の1つとしてDNA mismatch repair (MMR) systemの欠損が知られており、ヒトMMR遺伝子はこれまでにhMLH1やhMSH2など7種が報告されている。これらのうち、HNPCCやMSIを示す散発性大腸がんではhMSH2遺伝子とhMLH1遺伝子の異常が大半を占める。現在まで、散発性消化器癌でのhMLH1遺伝子の不活性化機構としてpromoter領域のmethylation修飾(epigenetic modification)が関与していることが報告されている。しかしながら、我々は、遺伝子変異やmethylatiionがないにもかかわらず、タンパク発現のない症例を経験し、その原因究明に興味が持たれた。本研究ではhMLH1及びhMSH2遺伝子の発現抑制機構の解明およびhMLH1遺伝子の転写調節機構の解明の2点に重点を置いて研究を行った。 1)hMLH1及びhMSH2遺伝子の発現抑制機構の解明 ヒト大腸癌由来細胞株の両遺伝子のプロモーター領域のヒストンアセチル化状態を抗histone H4抗体を用いたChIP法にて検討したところ、細胞株によりアセチル化状態は様々であり、タンパク発現量との因果関係は見い出せなかった。しかしながら、脱アセチル化阻害剤TSAにより発現が増強されることから、アセチル化状態では遺伝子発現が増強されていることが示唆された。現在、H3アセチル化との関係を検討中である。 2)hMLH1遺伝子の転写調節機構の解明 本遺伝子の転写調節機構を明らかにするためにcis-elementの検討と転写因子の同定を行った。promoter領域には少なくとも6箇所のタンパク結合部位があり、それらのうち3箇所が重要領域であることを特定した。更に、重要領域に結合するタンパクを検索したところ、転写制御因子の候補として1番染色体(1p31-32)に存在するp29遺伝子を同定した。本領域は大腸癌等でLOHが高頻度で起こっていることが知られており、発癌との関係に興味を抱かせた。p29タンパクの転写調節への関与の詳細やepigenetic mutationとの関係は今後の検討課題である。
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