研究概要 |
これまでの我々の研究により、妊娠末期には内因性鎮痛機序が賦活化されることを体性および内臓性侵害刺激を用いて確認、報告してきた。また、この妊娠に伴い賦活される内因性鎮痛がくも膜下投与の麻薬性鎮痛薬やカルシウムイオンチャンネル拮抗薬およびくも膜下に投与されたNMDA受容体拮抗作用を有する静脈麻酔薬ケタミンにより増強されることを第46回日本麻酔学会(妊娠に伴う内因性鎮痛に対するくも膜下ケタミン投与の鎮痛増強効果Journal of Anesthesia 13 : 74 : 1999)と1999年度アメリカ麻酔学会(Potentiation of pregnancy-induced analgesia by ketamine at the level of the spinal cord in rats. Anesthesiology 91 : A778 : 1999)に発表してきた。平成13年度はSD系24雌性ラット(実験開始時体重250-350g)を用いて妊娠に伴い賦活される内因性鎮痛に及ぼす化学的炎症性侵害刺激(フォルマリンテスト)および選択的末梢神経線維刺激に対する効果を検討した。腟粘液の細胞診にて性周期を観察し適切な時期に交尾させ、粘液栓が認められた時を妊娠第1日とした。妊娠第5日に全身麻酔下に腰部くも膜下腔にカテーテルを留置した。その後、妊娠第7、14、および21日(通常ラットの出産は22日)にくも膜下ケタミン50および100μg投与前後で侵害刺激に対する疼痛域値の推移を検討した。化学的炎症性侵害刺激としてフォルマリンテストを用いた。つまり、ラット後肢の足背皮下に刺激性の化学物質であるフォルマリンを皮下投与し、その後の動物の振り回す(flinching)および注射部位を舐める(licking)行動を経時にその回数を計測することにより定量的に疼痛の程度を評価した。疼痛行動は2相性で、皮下投与10分以内に認められる第1相性反応とその後一時的な疼痛行動の消失の後、皮下投与15-20分頃から再度認められる疼痛行動(第2相性反応)が観察され約1時間観察した。第1相性反応は末梢神経を直接刺激しAδ神経が関与する急性痛に起因し、第2相性反応は投与されたフォルマリンによる局所刺激に加えて脊髄後角細胞の感作の相乗作用によるC繊維が関与した炎症性疼痛によるものと考えられている。一方、同時に末梢神経刺激装置Neurometer (Neurotron, Inc, Bpltimore, MD, USA)を用いて、2000Hz, 250Hzおよび5Hzで末梢神経を刺激し選択的にそれぞれAβ、AδおよびC線維を電気刺激しその反応を妊娠経過で観察した。妊娠21日におけるフォルマリンテストでは妊娠ラットは非妊娠ラットに比較して第1相性反応および第2相性反応ともに抑制したが、特に第1相性反応の抑制が強かった。一方、末梢電気刺激による反応は2000Hz, 250Hzおよび5Hzともに妊娠21日は有意に反応が抑制され、産後7日には全ての刺激に対する反応は妊娠前と有意差を認めなかった。本研究により妊娠末期にはこれまで報告されてきた内因性鎮痛機構の存在が再確認された。この妊娠末期に認められる鎮痛機序は炎症性侵害刺激に対して抑制的に作用することと、末梢神経において、Aβ、AδおよびC線維の全ての伝導に影響を及ぼすことが判明した。この研究結果は、2001年アメリカ麻酔学会(Pregnancy Increases Cutaneous Pain Thresholds to Electrical and Chemical Stimuli in the Rats. Anesthesiology 95 : A748 : 2001)に発表した。
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