全身麻酔薬として最も使用頻度の高い吸入麻酔薬である亜酸化窒素の鎮痛作用に対して急性耐性が形成されるが、その発現機構は不明である。麻酔薬は、脳内の各種神経伝達物質の神経終末からの放出、神経伝達物質と受容体との結合、受容体から細胞内への情報伝達機構などに影響を及ぼすことによって作用を発現する。亜酸化窒素は、ラット大脳皮質のドパミン、アセチルコリン放出量を増加させるが、この増加作用にも急性耐性が生じる。 本研究の目的は、大脳皮質における神経伝達物質としてドパミンやアセチルコリンと並んで重要な、グルタミン酸、γアミノ酪酸、グリシン等のアミノ酸の放出に及ぼす亜酸化窒素の影響を検討し、急性耐性形成との関連を明らかにすることである。 雄のWistarラットに75%亜酸化窒素を4時間吸入させ、大脳皮質の脳内微小透析法により細胞外液中のアミノ酸類の含量を測定した。 興奮性の神経伝達物質であるグルタミン酸の灌流液中の含量は、亜酸化窒素の吸入によって有意の変化を示さなかった。しかし、個々の変化をみると吸入開始から減少または増加し始め、減少した例では吸入中止後も元に戻る傾向がなかった。抑制性の神経伝達物質と考えられているγアミノ酪酸、グリシン含量や神経伝達物質さはないグルタミン、タウリンなどは亜酸化窒素吸入によって、減少傾向を示したが、有意の変化ではなかった。 今回の結果、亜酸化窒素はラット大脳皮質の神経伝達物質であるアミノ酸の放出には明らかな影響を及ぼさなかった。しかし、興奮性神経伝達物質グルタミン酸の放出に及ぼす影響は個体差があり、その影響が吸入中止後も、継続して認められた。このように、亜酸化窒素吸入によって現れて吸入中止後も長時間持続する変化は、亜酸化窒素に対する急性耐性形成に何らかの関与をしている可能性があり、個体数を増やすなどしてさらに研究が必要と考えられた。
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