ヒトの慢性脳血流低下患者(高齢者や脳血管疾患患者)の良いモデルとなりうるラット慢性脳低潅流モデルを用いて、人工呼吸中の過換気による低二酸化炭素血症がどのような影響を与えるかを調べるとともに、その脳傷害に対する薬物(グルタミン酸NMDA受容体拮抗薬)の保護作用を調べた。 雄ウィスターラットを用いてハロタン麻酔下に両側頸動脈結紮を行い、ラット慢性脳低潅流モデルを作成した。結紮2週間後に、ハロタン麻酔下に気管内挿管し人工呼吸を行った。慢性脳低潅流に過換気を行って低二酸化炭素血症(PaCO_2:20-25mmHg)にした群、慢性脳低潅流に正常換気(PaCO_2:35-45mmHg)を行った群、シャム手術に過換気を行った群、シャム手術に正常換気を行った群に分け、さらに非競合性NMDA受容体拮抗薬であるケタミンを過換気前に腹腔内に投与してその効果を調べた。 低二酸化炭素血症により、慢性脳低潅流モデルラットおよびシャム手術ラットともに脳血流は低下した。しかし、低二酸化炭素血症によりシャム手術ラットの脳には全く変化は見られなかったが、慢性脳低潅流モデルラットでは、慢性脳低潅流そのものによる白質の希薄化に加えて、線条体に特異的に、さらなる白質の希薄化、神経細胞の減少、アストログリアの増殖を認めた。この線条体に特異的な脳傷害は、あらかじめケタミンを投与しておくとほぼ完全に抑制された。 以上の結果より、線条体は認知機能ワーキングメモリーに関与しているため、特にヒトの慢性脳血流低下患者では人工呼吸中の過換気が脳傷害を起こす可能性があること、手術後の譫妄や場合によっては不可逆的認知機能障害の原因と成りうることが示唆された。さらに、このような脳傷害の予防として、臨床使用可能な静脈麻酔薬ケタミンを使用することが有効であることをみいだした。
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