薬物耽溺や精神異常誘発作用発現により、中脳辺縁系ドパミン系(MLD)の活性化が認められる。一方、NMDA受容体拮抗薬は後帯状・後板状皮質(PC/RS)の神経傷害を起こし、この部位がその精神異常誘発作用の責任部位であるという仮説がある。本研究では、麻酔薬(特にNMDA受容体拮抗作用のある麻酔薬を中心に)のMLDやPC/RSに対する作用、また薬物耽溺に深く関わりがあると考えられているシグマ1受容体に対する作用を調べた。 *ラット脳側坐核ドパミン放出に対する作用 マイクロディアリシスシステムを用いて側坐核ドパミン放出を測定した。ケタミンと亜酸化窒素は濃度依存性に側坐核ドパミン放出を増加させたが、5日連続で腹腔内投与することによってドパミンの放出量に変化は無かった。逆に、キセノンは側坐核ドパミン放出の低下傾向を示した。ケタミンと亜酸化窒素の精神作用や耽溺のメカニズムとしてMLDの活性化が示唆された。また、キセノンの特殊性は、MLDに対する作用の違いであることが示唆された。 *ラット脳後帯状皮質・後板状皮質(PC/RS)におけるc-Fos発現 ケタミンと亜酸化窒素は有意にPC/RSのc-Fos発現を増加させた。しかし、両者をそれぞれ連続5日間投与した場合の変化は見られなかった。キセノンはPC/RSのc-Fos発現を誘導すること無く、逆にケタミンによるc-Fos発現を抑制した。 *各種麻酔薬のシグマ1受容体に対する作用 ラット脳小胞体膜を用いた結合実験で、プロポフォール・デクスメデトミジン、ドロペリドールは濃度依存性にシグマ1受容体リガンド結合を抑制した。プロポフォールのKi50は臨床濃度範囲内であり、その結合阻害様式は非競合性であった。臨床においてプロポフォールの耽溺性や、精神作用や脳保護作用の少なくとも一部は、シグマ1受容体を介する可能性のあることが示唆された。
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