大脳基底核の障害による偽性球麻痺の発症メカニズムは解明されていない。われわれはこの病態の背景として大脳基底核から中脳を介して脳幹網様体へ至る情報伝達過程の障害を想定し、この系の微小回路、神経伝達物質、受容体の解析を試みた。 過去の解剖生理学的知見によれば、中脳のなかでもコリン細胞に富む脚橋被蓋核(PPN)は中枢神経系全体の興奮性の保持や運動リズムの形成において重要な役割を担うことが示唆されている。また赤核後領域(RRF)、黒質緻密部(SNc)、腹側被蓋野(VTA)からなるいわゆる中脳ドパミン細胞系は運動のみならず、報酬、意識といった高次脳機能の調節に重要であることがすでに知られている。 そこで、大脳基底核出力核のひとつである黒質網様部(SNr)を含むラットの中脳スライス標本を作製し、SNrの電気刺激に対するPPN、RRF、SNc、およびVTAの神経細胞の応答をホールセルパッチクランプ法と逆転写ポリメラーゼ連鎖反応法を組み合わせた方法により記録、解析した。その結果(1)PPNのコリン細胞、非コリン細胞に対してはGABA_A受容体を介する抑制効果、(2)RRF、SNc、VTAのドパミン細胞に対してはGABA_A受容体とGABA_B受容体の両方を介する抑制効果が、SNrの電気刺激によりもたらされることが明らかとなった。 これらの結果は大脳基底核が中脳を介して運動や高次脳機能を制御している可能性を強く示唆するものであり、大脳基底核の障害による偽性球麻痺の発症メカニズムの解明、および新たな治療法の開発にあたり重要な知見であると考えられる。 以上の研究は岡崎共同研究機構・生理学研究所・統合生理の伊佐正教授および大阪大学・大学院・工学研究科・電子工学の宋文杰助教授の研究グループの協力を得て実施されたものである。
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