既知のイオンチャネルをブロックする状態(セシウムベースの細胞内液を使用)でパルス状刺激を与えると、電位で活性化する既知のイオンチャネルでは説明できない電流が発生した。-80mVより+80mVへのパルス状刺激で、減衰を伴わない持続性の外向き電流が観察され、また、+80mVより-80mVへの再分極で、内向きの一過性の電流が観察された。この一過性内向き電流の減衰速度は、時定数10ms以内で、再分極電位が脱分極するほど遅くなった。電流は、アミノ配糖体系抗生物質であるdihydrostreptomycin (DHSM)でブロックされ、その程度は内向き電流で大きかった。以上の特性は、感覚の位置変位で発生するトランスデューサー電流の特性と一致した。この電流をブロックする条件で(DHSM投与)、モルモット蝸牛より単離した内有毛細胞の膜電気容量を測定し、エンドサイトーシス、エクソサイトーシス動態を観察する予定であったが、膜コンダクタンス、膜電気容量の変化の細胞間でのバラツキが大きく、一定の結果が得られなかった。その原因を考察するに、内有毛細胞を単離する際に、細胞内環境が一定しないことが考えられた。特にカルシウムイオンは変化を受けやすいため、細胞質内カルシウムイオン濃度を増加させるcyclopiazaonic acid (CPA)を細胞外から投与し、電流変化を観察した。電流増加、減少の両者の反応があった。これを蝸牛回転別にみると基底回転の内有毛細胞で増加、頂回転で減少する傾向があり、基底回転の有毛細胞にCa-activated K電流が多いことが示唆され、音の周波数分別能の機序と関わりが大きいことが考えられた。本プロジェクトでは、蝸牛有毛細胞シナプス機構を解明するまでには至らなかったが、これまでほとんど報告のなかった内有毛細胞の膜イオンチャネルに対して、新知見をいくつか得ることができた。
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