反回神経麻痺および顔面神経麻痺の治療において、神経線維再生不良、運動神経細胞の減少、終板の変性、筋組織の萎縮が問題となっている。研究代表者はこれらの問題に対処するため、末梢性運動神経麻痺に対する遺伝子治療の基礎研究を行って来た。今までの研究では、筋組織のみが標的組織になっており、筋レベルでは有意な治療効果がみられた。しかしながら、末梢性運動神経麻痺治療を病態生理から考えると、さらに中枢側の神経線維や運動神経細胞に対しても、neurotrophic factorの遺伝子を導入し、脱神経に伴う問題に対しても対処すべきと考えられる。そこで今回の申請期間においては、中枢側の神経線維や運動神経細胞へ遺伝子治療が可能か否か検討した。ラット迷走神経を頚静脈孔レベルで抜去して疑核運動神経細胞死誘発モデルを作成し、レポーター遺伝子を搭載したadenovirusベクターを頚静脈孔の迷走神経切断端から導入したところ、ベクターが逆行性に軸索輸送され、脳幹の疑核運動神経細胞において遺伝子を発現することが確認された。さらに、疑核における脱神経に伴う運動神経細胞死の抑制を目的に、同モデルを用い、運動神経細胞に対して強力な栄養作用を持つGDNF(glial cell line-derived neurotrophic factor)遺伝子導入を行ったところ、遺伝子導入後2週、4週の時点で、対照群に比べ有意に疑核運動細胞死が抑制され、神経障害時に誘導されるNOS(nitric oxide synthase)の発現も抑えられた。この結果は外傷や手術合併症等で運動神経を切断した場合、神経切断端から遺伝子ベクターを投与して逆行性に運動神経核に遺伝子導入し、神経損傷に伴う運動神経細胞死を防止し、神経再生を促進し得る可能性を示すものであった。
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